紋章学研究室・研究生記録
公国立中央魔法学園、その旧3棟の奥に位置する紋章学第一研究室。
本日の授業も終わり夕焼けも雲に隠れ夜の訪れを告げていた時間にこの一室では恐ろしく重い空気が漂っていた。
「さて、シュー三回生……」
先程入れたばかりのココアを一口、二口。そしてため息も一つ。
目の前で冷や汗を掻きながらなんとか笑顔を作っている学生を見つめてもう一つため息をつき、頭を抱える。
「どうする?今回の件は私の機材をひっくり返したのとは訳も規模も違うぞ」
シューの唯でさえ辛気臭い青い顔が更に青くなる。さっき絞首刑が終わりましたという顔だ。日頃からこのくらい大人しいと今回の様な事もなかったのだろうが。
「せんせぇ……た、助けてくだしゃい……」
残ったココアを飲み干し、頭を抱える。さぁて……どうしたものか。
さて、ここで事件を振り返ろう。
模範的問題生シューは自主実習室で魔法薬学の課題である巨大化薬を何時ものように期限ぎりぎりまで改良に改良を重ね、自信の納得する巨大化薬ではない何かを作り上げていた。膨大なレシピとレポートを作成して三日寝てないこの男は眠い目をこすりながら実験用植物に薬を注いだ。
案の定手元が狂った男はテンプレート通りに取り乱しピタゴラ的に薬を全て零した。
その結果が……
「これ、というわけか」
自主実験室からあふれた植物が窓やドアを破壊しつくし廊下にまで溢れている。
というか未だに成長を続けている。
すべてを放棄してリーンに帰り久しぶりのベッドを堪能したい気分に駆られるがそうもいかない。さて、これをどうするか。
「どうやって証拠隠滅するかっスね」
こいつ教授である私を前にして何故堂々とそんな事が言えるんだ。
「俺の案としては燃やして灰にしてゴミに捨てるとかどっスかね」
「実習室一つ燃やして火事にならないわけないだろう」
まったく、と言いつつも思考を巡らせる。私としてもうちのゼミ生の不祥事を余り大事にしたくないのはある。
「この時間に冒険者に頼むとなると明日になるだろうしな、地道にナイフで切っていくというのはどうだ」
「いやー、斧辺りを使ってようやくじゃねえっスかねこれ」
お世辞にも筋力があるとは言えない我々がそれをやるとなると片が付くのは一週間はかかる。
「手詰まりだな」
「手詰まりっスね」
「帰るか」
「待った待った先生そりゃねぇっスよ先生」
「知らん、私は何も見てない、誰にも相談されていない、ところでお前は誰だ」
「先生!?」
壁に転移魔法陣を描き始めた私を生意気にも羽交い絞めにするどこかの誰か。見たことのないアホ面だ、本当にうちの生徒なのか。
「あ、それだ!先生それっスよ!転移!」
……成程、流石うちのゼミの成績一位ルゥ・シュー三回生だ。
今回の顛末を書くとするなら、収まるところに収まったというところか。
暴走植物は転移で少しずつ星の外に追放。SPポーション代はシューに奢らせた。
窓と扉と実習室の備品はどうにもならないので事務室にスライムプリンを持って謝罪しに行ったところ。
「ああ、またですか。まあ別によくあることですし」
といったようなリアクションをされた。
そして……。
「先生!俺の薬品レシピ知らないっスか!」
「……もしかして実習室に置いてたのか?」
「あ”、っつーっことは……」
そういう事だろうな。と、ココアを飲みつつ宇宙を漂う実験植物と課題レシピに思いを馳せながらまた課題期限に間に合わなかったうちのゼミのトップの課題を手伝わせられるのだった。